非日常的ハロルド@どいちゅらんど

在独8年目となりました。北ドイツでのんびり暮らしています。

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ドイツに来るまでの道のり。


昔話。
ちょっとしたこと。
でもまあ書き留めておきます。



2006年4月、2007年9月と二回、ドイツに遊びに来てました。
両方とも約一ヶ月滞在しておりました。笑
(バイト生活だったので・・・休みは取れたのですよ)
その間に何度かレッスンを受けることができ、ドイツという国を
知ることのできた大変充実した滞在でした。


その後2008年1月よりドイツはベルリンへ移住。
当時、英語ドイツ語は皆無、入試後に語学学校へ通い始めました。
ベルリンでの一年間は超充実、濃い毎日、旅行もたくさんした。
このときに出会った友達はほとんどがワーホリ、あと美術系。
音楽留学している知り合いはほぼ皆無。
それでもトランペットの諸先輩がたには非常にお世話になりました。


いろいろ試行錯誤した結果、ロストック音大で教えている先生と出会う。
彼は本当に親切で、受験に落ちまくっていてやさぐれていたわたしは
超癒されました。笑 彼のおかげでドイツの音大に入れた・・・ようなものです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここまででわかることは
いろんな人間の世話になっていることで、いまの自分がある
ということです。


バイト生活の後音楽留学したいなんて・・・
当時、母親は超!文句を言いながらも後押しをしてくれた重要人物で
三十路を超えてからも頭が上がりません。ほんまに。


あと、声を大にして言いたいことなんですけど
やりたいと思うことはあきらめるな
ということです。


わたしは元来けっこう真面目で(!!)四年も専門学校にも通ったものだから
その上ドイツに音楽留学したい、なんてなかなか言えませんでした。
そもそも留学費はどうするの、という話なので。
バイトで貯めたお金で二度のドイツ旅行をしてしまったわけだけど
それによって留学モチベーションがぐんぐん高まったわけで。笑
なけなしの貯めたバイト代でとりあえずドイツ行っちゃうから!
と、このあたりではもう完全ハイ。笑
お金なくなったら帰国するから、とりあえず許可ください。てな感じでした。
最終的に移住までの準備期間は三ヶ月切ってた。←
その間にバイト、あと願書提出など毎日死ぬかと思うほどキツかったけど
ドイツに住める、と思うとすごいがんばれた記憶があります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


昨今はわたしがドイツに来た8年前とは違うのかもしれないけど
やっぱり親の理解と金銭問題は不可欠であると思います。


わたしはたぶん運が良かった。
それと自分の根拠のない自信(えw)があった。
馬鹿っぽいかもしれないけれどやっぱりそれも必要。

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タグ : ドイツ留学 音楽留学 トランペット

卵巣のう腫摘出手術を受ける(朝ごはん~退院)。



5月1日(金)退院日
カーテンを閉めないで就寝したので、朝日で何度か目覚める。
午前7時ごろ、うとうとしていたら看護婦が体温と血圧を測りに来た。
朝ごはんはまだなのかなー、なんて普通に考えるくらい、体調は良くなった。

午前8時ごろ、朝ごはん到来。
DSC_0650.jpg

ええ、これだけですよ・・・orz

説明するまでもないわけですが、それでも書いておこう。
食パン、丸パン、チーズ一枚、ジャム、バターそしてコーヒー。

DSC_0652.jpg

まあ、美味しいもなにもないです。全てがあまりにも普通すぎて。
お腹まわり(というか下腹部)が微妙に痛むので、食欲はあったけど
食べる速度がかなり遅かった。これだけなのに、たぶん30分くらいかかった。
コーヒーがなんかえらい好みの濃さで、お代わりをいただいた。
廊下にコーヒーや飲み物のトレイ?が置いてあるらしく
それは自由に飲んだりしていいですよ、と看護婦に言われた。

午前9時すぎ、医者の回診(入院患者っぽい!)があった。
手術をしてくれた女医ではなく、医長らしき人物。ちょっとオネエっぽかった。
そして、何を話されているのかあんまり聞き取れなかった(爆)
迎えが来たら帰れますよ、ゆっくり休んでください、的な感じ。

そうこうしているうちに、隣人のお迎えが来た。
ああ、この娘もなんだかんだ言ってたけど帰るのね、と思いながら身支度を見ていたら
彼女がもらったらしいお見舞い品?がけっこうあって驚いた。
風船やポテトチップスなんか別に退院してからでもヨクネ?って思った。

彼女が退室した後、身支度を心置きなく始めることができた。
と言っても、わたしのお迎えが何時に来るのかを覚えていなかったので
けっこうのんびりしていたら早めの11時ごろに来てくれた。
同居人が仕事で来れなかったので、近所に住んでいる友達に頼んだのだ。

退室してナースセンターに挨拶して、それで終わり。
会計も薬の処方もなにもないので、煩わしくないのがドイツのいいところ。
入院は一泊だけだったけど、病院はいろいろ新鮮で楽しめました。



術後は10日ほど自宅療養ということなので、仕事はお休み。
いくら手術とはいえ、仕事に穴が空くのは良くない、
やはり健康でいられることはしあわせなんだと思いました。

またしばらく婦人科に定期健診に行く予定。
卵巣はちゃんと残っているのでとりあえず安心です。←コレ大事!

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卵巣のう腫摘出手術を受ける(入院)。



前回の続きです。

4月30日(木)手術後
起きて時計を見たら午後一時。手術はたぶん一時間もかからなかったと推測。
起きたところは病室ではなく、なんだか患者さんがたくさんいたので
手術後にそこで寝かされている一時待機所みたいな場所だったんだろうな。
目を覚ましたときに何か聞かれたんだけど、ちょっと記憶にない。。。
そのうち来たときと同じような廊下をまたストレッチャーで移動して
産婦人科の病棟に戻ってきた。

「あなた何番の病室に最初いた?」と看護婦に聞かれたけれど
いやはやさっぱり覚えていなかったので「わかりません」と答える。
部屋番号は覚えていなかったけれど、どこらへんにあったのかを指し示し
病室に到着、しかし部屋の移動をすると言われ、荷物をすべて持って移動。

移動先には先客がいてちょっと緊張したけれど、とりあえずちょっと眠った。
(このあたりもちょっとあいまいなんだけど)
看護婦が来て「今日はやっぱり病院で一泊してもらうことになります」と言う。
なかなか出血が多かったので大事をとることにしたらしい。
わたしは入院をしたかったので心の中で小躍り(笑)

ふと見ると、腕に点滴がついていた(気付くの遅)。
DSC_0642.jpg
初めてなので記念写真(笑)
腕毛は見なかったことにしてください(爆)

ベッドから見た病室。
DSC_0643.jpg
キレイな二人部屋。

15時くらいだったと思うのだけど、隣の患者さんの見舞い客がずーっといて
結局見舞い客もとっかえひっかえで来て帰って、が18時半くらいまで続いた。
その間にわたしの同居人も来てくれたのだけど、こちらの異国語が珍しいのか
ちらちらちらちら見てくるのが気になった。
(小声で話していたから余計に気になったのか?)

余談ではあるのだけど、隣の患者さんも同じ手術をしたようで、超ぐったりしていた。
で、見舞い客や父母が元気づけたりしてる様子だったのだけど、
それでもなぜか一向にマイナスオーラを出し続けていたのも気になった。
彼女は鼻ピアスで脚にはタトゥーという、ちょっとオテンバさんなのかな(笑)
といういでたちのわりには退院まで気弱でいたのは何だったのか。。。

そして見舞い客も帰るころ、待望?の病院食!
写真は忘れましたが、食パン二枚とバター、クリームチーズ。これだけ。
丸一日断食状態であったことと全身麻酔手術の後だったため、
このような簡単な夕食だった様子。
そのあとは音楽聴いたり本読んだりして就寝。
その間二回ほど血圧を測られた(こっちは半分寝ているのに)。


次回は朝ごはんと退院についてです。

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卵巣のう腫摘出手術を受ける(手術当日)。



4月29日(水)手術前日。
休むつもりだったけどとりあえず仕事には行った。
だから昼までは普通に食べたりしていた。
今回も全身麻酔なので、前日の夜ご飯はアップルパイのみ(少ない)。
お酒はもちろんタバコもダメ。
麻酔六時間前までは何かしら食べても良いが、それ以降は断食。
アップルパイはたまたまおやつに買っておいたのだけれど、多少緊張していたせいか
おやつを食べなかったので、やむなく夜ご飯にまわしたもの。
あとはお茶を何杯か飲んだ。
全身麻酔はリスクが大きそうなので、排除できることは徹底的に排除。
ラジヲを聴いたり本を読んだりして気を紛らわす。


4月30日(木)手術当日。
朝5時起床、麻酔二時間前までは水分を取っても良いが、それ以降(ry
6時半に外来受付を済ませ、婦人科病棟で手続きをする。
待合室でお待ちくださいと言われてからなんの音沙汰もなく気づいたらもう9時。
なんでこんなに待たせられるのか、水くらい飲みたい、などと愚痴グチ。

先日、説明を受けたときは当日の経過など一切教えてくれなかったので
「到着したらさっさと麻酔して手術になるんだろう」と軽く考えていたが
けっこう大きい病院なので、結局ずいぶん待たされた。

同居人が9時過ぎにもうそろそろ仕事へ行くと言い、それからひとりで待っていたら
9時半ごろにようやく看護婦がベッドへ案内してくれた。
ここまでで二時間。長い。

それからまた一時間くらい放置。←
退屈なので本を読んだり、朝早かったのでうとうと寝たりしてたら、起こされた。
「何時ごろはじまるんですかね」と聞いたら
看護婦は「うーん、なんとも言えないわー」などと言う・・・
がその直後「はい、手術よ!」と言われ、ストレッチャーに乗せられ院内移動。
「おおお、いまから手術かあ」などとけっこう軽く考えていたけど
やっぱりちょっと手先や身体がぶるぶるしていたり。笑

午前11時半、手術室の手前で全身麻酔の準備。
麻酔科の中年女医がニコニコしながら元気~?と話しかけてくる。
腕に管やらなんやら通され、あれよという間に手術室。
「どれくらいの時間ですかね」と担当女医に聞いたら
「あなたが寝てる間に終わるわよ(ウィンク)」と言われますた。
麻酔がすぐ効いて爆睡。
起きたらちょうど一時間後くらいでした。



術後~入院・退院は次回に。

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卵巣のう腫摘出手術を受ける(手術前)。



ロストックで子宮頸がんの手術を受けたのが約二年前になる。
それから三ヶ月に一度の定期健診を受け、経過観察を続けていた。
そしてとうとうロストックを引越しする今年の二月、
最後の検診に来てくださいね、と言われ、普段はあまり使用されなかった
超音波検査をしたら、なんとまた別の場所に異変が発見されてしまった。

モニターにはなんとなーく暗い影があって、とりあえず全て説明してくれたけど
とりあえず聞くことはひとつのみ、
「これはガンなのですか?」
先生は違うよと言ってくれたので一安心。
家に帰ってごそごそ調べたら、卵巣のう腫というものでした。

卵巣というものは肝臓やすい臓と並んで「沈黙の臓器」という異名を持つらしく
自覚症状を持ったときにはけっこう進行していることが多いんだとか。
わたしの腫瘍はほぼ良性で、大きさも2~3cmということなのだが
ロストックの主治医が心配性なのか神経質なのか手術を勧めてきたので
引越し先の新しい主治医にもその旨を伝えた。

残念ながら手術は設備の整っている病院でないとできないものなので
(特に重要なのが麻酔科の存在なんだろうと思う)
Wismar ヴィスマールという隣町に行くことに。
バスでも行けるけど、幸い同居人が車を出してくれるので心配なし。

術後は一泊入院、と言われているけど、前回のこともあるのでよくわからない。
日本の方の体験談などを読んでいると、手術前から後までトータル四日間くらい
病院にいるじゃん!って思うんだけど、ドイツはとってもあっさりしていて
痛みなどがなければとりあえず帰っていいよ(24時間同伴者必須)とか言われる。
せっかくなので入院したいんですけどね・・・そういう体験はぜひしたい。

予定日は今週。
自宅療養期間に手術のことをあらためて書くつもり。

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タグ : 卵巣のう腫

子宮頸がんに対する円錐切除術。3

ハロルドです。

今回は手術当日のことについて書いていきます。

当日は全身麻酔だったんですが、酒・タバコを控えろとも言われなかったので
前日まではいつもどおり食べて飲んでをしてました。

しかしもちろん一般的な注意事項はちゃんと遵守しました。
・手術開始六時間前までに、軽い食事(パンやヨーグルトなど)をしてもよい
・手術開始二時間前までに、流動食(水またはお茶)を摂取してもよい
・当日、タバコ・アルコール類は禁止

手術開始予定は午前11時だったので、まあ苦しみ?もなくラクでした。
朝は8時半前に起きてちょっと水飲んで10時すぎに家を出発し、11時前に麻酔科に到着。
みなさんあの緑の手術着をすでに着ていまして、ちょっとアウエー感を味わいましたが
受付後すぐに着替えの指示を出され、病室で待機してました。
着替えのときに睡眠誘導剤みたいなものを飲まされました。

「先生は12時ごろ来られますよ」と看護婦が言ったのでちょっと本を読んでいたら
いつの間にか寝てしまっていて、看護婦に起こされました。
「先生来たので手術はじめますよ」あーそうなのかー、とかぼんやり聞いていたら
「じゃあ手術室まで歩いて」はーいはーいぼんやり、みたいな半ボケ状態。
「はい、手術台にのってね」えーじぶんでのぼるんですかーはい
そして先生が話しかけてきて「手術後の検診は二週間後ね」あぁ、わかりました
「こっちは麻酔担当の先生ですよ」ふーんあぁわかりました

というところで記憶が途切れました。笑
起きたら15時すぎでした。

先生はすでに帰っていて看護婦にも「迎えが来たら帰ってもいいわよ」と言われたので
迎えの友達が来るまで病室で待ち、タクシーで帰宅しました。
術後24時間は付き添い必須なので、その日は友達に泊まってもらいました。

手術から一週間が経ちましたが、予後もよく至って普通に生活しています。
週末まではゆっくり休み、練習は週明けから再開してみました。
結果は来週聞きに行ってきます。

今回は異形成の治療だったので厳密に言えばまだがんではないのです。
わずかな可能性でがんに進行するケースもあるようですが、大抵は完治するようなので
いまのところまったく気にしていません。
しかし女性の皆さま、気になる方はぜひ子宮がんの診察を受けてくださいね。

タグ : 円錐切除術 子宮頸がん

子宮頸がんに対する円錐切除術。2

ハロルドです。

前回の記事の続きとして、手術に至った経過などを書いておきます。

もともと身体が丈夫だったこともあり、健康診断などをしないまま
ドイツに五年も滞在していて、ふと診療内科に行くことを思いつきました。
そこで特に注意されることもなく、しかし年齢のこともあり、
婦人科に検診に行くことを勧められたのがはじまりです。

紹介状をもらったのが11月だったのですが、診察の予約を取れるのが一ヵ月後の12月、
と受付で言われ、まぁ不調もないしいいや、とそのままにしておきました。
(ドイツでは、具合が悪いので早くしてください、などとすごく切羽詰って説明しないと
こうやってどんどん診察までの期間が空いてしまう)

12月になり、初めての検診ということで主治医からの質問に答え、内診。
待たされたのは30分ぐらいだけど、診療は10分くらい。
ピルは必要かとか一年に一度検診を受けてください、など言われそのまま帰宅。

そしていつもどおり年越し・新年を迎えましたが、年明けすぐに電話がかかり
「ドクターが至急来てほしいとのことなので、診察予約を入れます」
と看護婦から伝えられました。
ちょっと不安みたいなものはよぎったけれど、きっと親切な先生なんだろう、
と思って診察の日を待ちました。

そして診察に行き、ドクターからあっさり伝えられました。
「がんになる可能性のある細胞が見つかりました」と。
ふーん、とうなづき、手術なんでしょうか、と聞くと、そうです、と。
わたし自身はとっても他人ごとのようにその説明を聞きました。苦笑

手術の予約を決めるときも
「あー一月末はオケのプロジェクトあるしなー」
など、なんだかそんなに急ぎでもないような雰囲気だったので
結局二月末ならなんにもない、ということで手術は一ヵ月半先延ばし。
(早く終わらせておけばよかったな、といまでは思いますけど)

事実、ほとんど手術をするという実感がないまま毎日を過ごしました。
どんな病気なのかはドイツ語の説明だけではちょっと難しかったので、
あらかた日本語で調べて、それからはあまり気にしないようにしておきました。
(体験談や日本語の説明を読むと、それがすごくリアルになるような気がしたので)

手術はロストック市内の別の麻酔科で行う、ということなので、自分でその手術の旨を
麻酔科に電話して話し(これはなんでなんだろう??)、手術の一週間~10日前に一度
麻酔科に説明を受けに行かなければいけませんでした。

そこでは特に診察されることもなく(日本だとなんかいろいろするらしい)
ホントに手術日の説明と注意事項だけ。あっさり。
まぁこーしろあーしろ、と言われるよりはずいぶん気楽でしたけど。笑

そんなゆるやかな感じで、無事にベルリンでの仕事も終え、手術日になったのでした。

次回は手術日の様子について書いていきます。

タグ : 子宮頸がん 円錐切除術

子宮頸がんに対する円錐切除術。1

ハロルドです。

2013年2月27日、人生初の手術をしてきました。

術名(?)は
「子宮頸がんになる可能性を排除するための病理検査を含めた円錐切除術」
この手術の目的は
「診断を確定することと同時に、どの程度の治療が必要であるのかを明らかにすること」
ということです。

手術自体は30分程度のもので、入院も必要ありませんでした。
麻酔から醒めてしばらく病室で休んで問題なければそのまま帰宅。
術後24時間は麻酔の後遺症が出現する可能性があるので、付き添いが必要。
病院から帰宅するときから付き添いがいなければいけなかったので、
友達に頼んでわたしのうちに一泊してもらいました。

本日術後二日目ですが、身体も気分も問題なくいたって元気です。
泊まってくれた友達のほかにわざわざ訪ねてきてくれた友達、メールをくれた友達。
いまさらですが、すごく友達のありがたみを感じました。笑

週末までは自宅待機・療養ということで、完全なる引きこもりを実行中。
ちょうど春休みだし、ちょっとひと休みができると思ってゆっくりしています。

手術をするに至った経過については後日改めて書くことにします。

タグ : 子宮頸がん 円錐切除術

Benefizkonzert in HMT Rostock.



ハロルドです。

3月20日(日)、ロストック音大・日本人留学生有志によるチャリティーコンサートが
行われました◎

大地震が発生してから呼びかけ、3日目でホールが確保でき、演奏者も集まり、
わずか一週間という短い時間でこのチャリティーコンサートを開催できたことは
とても有意義だったと思います。

私自身、演奏会に出演するかどうか、かなり迷いました。
戸惑った、というのか。
正直、混乱していました。
家族や知り合いはみんな無事だったけれど、どんどん被害が拡大していき、
さらには原発問題まで発生した矢先だったので。

気持ちの整理がつかない、という経験は私にはほとんどなかったので
こんなとき、どうすればいいのか、判断ができなかったのです。

「自分ができることをする?」
「他人ができないことをする?」

うだうだうだうだ、と考えました。

結局、音楽家が精神状態に左右されていてはいけない、という考えに行き着きました。
現に自分のトランペットの先生が、大地震直後にコンチェルトを演奏するのを聴いたわけだし。

いろいろ、人間には個人的に思うことがある。
たとえ、それがどんな思惑だろうと。

実際、出演を決めてからは考えなくなりました。
なんにせよ、目的・目標がすぐ近くに設定されたからだと思います。

演奏会は大盛況でした。
大学関係者である学長をはじめ、教授など何名かも駆けつけてきてくださいました。

最後は演奏した日本人全員で「ふるさと」を斉唱しました。

会場にいたお客さん全員がスタンディングオベーションでした。
泣いてる人はほぼ全員。
(わたしは人前で泣かないと決めているので泣きませんでした)

終了後、ホールから出るお客さんをみんなで見送ったとき。
見知らぬ方々から抱きしめられたり、励ましのことばを掛けられたり。

人間のあたたかさ、というものをひさびさに間近で触れました。

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今回は震災直後というのもあったのですが、今後も地道にチャリティーを続けていく
予定になっています。
この大震災が忘れられることのないよう、願いたいものです。

【今回の募金総額:約1600ユーロ】

タグ : ロストック ロストック音大

Benefizkonzert in Rostock.


ハロルドです。

わたしにとって人生初!のチャリティーコンサートに参加してきました。
ロストック市内にある Max-Planck-Institut という研究所で、
日本人職員の方が主催してくださいました。

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R0018257.jpg

会場は施設内のカフェテリア。
ピアノも借りてくださったので、参加した四人でクラシックからジャズまで
いろいろ演奏してきました。

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日本人職員の方がお寿司まで用意してくれていました(*´Д`*)

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ゆったりした雰囲気のなかで演奏。

R0018271.jpg

当日はほとんど英語(注:職員の共通コミュニケーション言語)でよくわからなかったのですが
あとで聞いたところ、募金総額は1600ユーロにまでなったそうです!!

この募金が有益に使われることを切に願っています。

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